『深宇宙ニュートリノの発見 ― 宇宙の巨大なエンジンからの使者』の読書メモです。日経サイエンス 2020 年 08 月号のブックレビューで紹介されているのを見て興味を惹かれて読み始めました。

表紙

本書は南極の氷の下に建造された IceCube 観測所で筆者が手掛けてきた超高エネルギー宇宙ニュートリノ観測に関する本です。ニュートリノ観測に関する技術的な部分も丁寧に紹介している一方で、国際共同研究に絡んだ政治的なエピソードや、筆者が IceCube 実験に関わるまでの研究遍歴などが面白いエピソードとともに紹介されていてとても楽しい本でした。

読書メモ

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  • この本の言う「エンジン」とは超新星残骸や活動銀河核といった活動的な天体のこと。活動的な天体によって高エネルギーな電磁波が放射されている。その中でもとりわけ超高エネルギーな電磁波や宇宙線を放射しているものを筆者は「スーパーエリートエンジン」天体と呼んでいる。
  • (p.41 図 2.4) 宇宙背景放射のエネルギースペクトルの図。宇宙背景放射というと晴れ上がりに起源をもつ 3K マイクロ波放射のことだけを指すと思っていたけど、活動銀河核などからの高エネルギーな放射も含むんだね。
  • (p. 51) ガンマ線よりも高エネルギーな背景放射もあり、これは宇宙線と呼ばれる。ガンマ線背景放射は加速された電子に由来するが、宇宙線は加速された陽子もしくは原子核に由来する。陽子は電子よりも質量が重いため、これを高エネルギーにするにはより巨大でより磁場が強い天体が必要になる。
  • 宇宙線のエネルギーが高いほど 3K 宇宙背景放射との衝突が増えてエネルギーが失われてしまうらしい。エネルギーが高くなるほど衝突が増えるというのはどういう機構なんだろう?一方でエネルギーが低くなると宇宙空間の磁場の影響で曲がるため、発射源を特定しにくいらしい。
  • 光子も高エネルギーになると宇宙背景放射と衝突して観測不能になるらしい。これらに対してニュートリノが優れているのは、宇宙背景放射との相互作用がなく、磁場の影響も受けないので直進してくること、光速で飛来するため事象発生からの遅延時間がないことらしい。
  • 大気蛍光望遠鏡というもので、地球大気に飛び込んできた超高エネルギー宇宙線が作り出す大気シャワー (様々な粒子の束) を立体的に観測できる。そういう観測方法があるんだなぁ。運が良いとこれでニュートリノも検出できるらしい。IceCube 実験のライバルプロジェクトであるピエールオージェ実験はこちらの方式らしい。
  • 米軍基地内に作ったプロトタイプ望遠鏡の話がめちゃくちゃ面白いんだけど、ネタバレになるのでここには書けない (ので是非読んで欲しい)。
  • IceCube 実験は南極の地下深くに多数の検出器を埋めてエンジン天体から飛来したニュートリノが通過したときに発するチェレンコフ光を検出する。ニュートリノはエンジン天体から飛来したものの他に、大気中で発生したものやその他雑音もあるためそれらを選り分け検証する方法が重要になる。
  • 著者のグループは超高エネルギー帯の観測を担当。雑音を排除して本物の信号を同定するアルゴリズムの開発やその統計的な信頼性の検証などを行った。他のグループとやり方が異なったため、筆者らの手法の有用性を周知するのに苦労したらしい。
  • 他の望遠鏡による追観測 (マルチメッセンジャー観測) と併せて、ニュートリノ放射天体の一つとしてブレーザー銀河を同定し、筆者らはこれを論文発表。ニュートリノを放つフレアが起きていると考えられているらしい。ブレーザー銀河はニュートリノ放射天体のごく一部で、異なる放射機構の天体が多数あると考えられていて、それらを見つけるべく IceCube 観測機器のグレードアップを実行中だそう。
  • 国際共同研究に絡んだすったもんだやその中での日本チームの奮闘が生々しく語られててとても面白かった。IceCube 実験に至るまでの筆者の研究遍歴もすごい。