『驚異の量子コンピュータ ― 宇宙最強マシンへの挑戦』の読書メモです。

表紙

読んだ動機

  • 量子コンピュータ界隈の方の評判が良かったから。
  • 量子コンピュータが盛り上がってきており、その盛り上がりを楽しむためにも基本的な事柄についてキャッチアップしておきたいから。

読書メモ

第 1 章「量子力学の誕生」

  • 古典物理学の成立、古典物理学では解釈できない事象の発見、そして量子力学に至る流れのざっくりとした解説。二重スリット実験による物質の波動性や重ね合わせの原理の説明、など。

第 2 章「コンピュータと物理法則」

  • コンピュータの歴史を紹介した章。解きたい問題を物理法則に当てはめて計算を行うアナログコンピュータ、計算と計算を行う物理系の分離、チューリングマシン、複雑性クラス、シャノンの計算理論、デジタルコンピュータ、ムーアの法則、など。
  • 計算のデジタル化によってそれを実際に計算するアナログな物理系の誤差が問題にならなくなり、また計算の抽象化によってそれを表現する物理系から切り離して議論できるようになった、という話がとても良かった。本章のためにこの本を買っても良いと思いました。
  • (多くの人がそうだろうけど) 自分はデジタルコンピュータからコンピュータを学んだので、物理法則を使って計算を行うアナログコンピュータが逆に魔法のように思えてしょうがない。微分解析機とか何が何だか分からない。
  • 物理法則を使った計算といえば、以前日経サイエンス (2018 年 08 月号 特集「AI の身体性」) で読んだリザバーコンピューティングを思い出した。一周回ってアナログなコンピュータが見直されているのは興味深い

第 3 章「量子コンピュータの夜明け前」

  • 情報科学と物理学の融合、計算による発熱、ランダウアの情報消去の原理、発熱しない可逆計算、論理演算 (不可逆計算) の可逆化、可逆に計算を行うための可逆な物理系としての量子力学、など。
  • 本章も面白かった。量子コンピュータって「量子の重ね合わせで状態空間を一気に計算できそう」というのが開発の端緒だと思ってたけど、エネルギーを消費しない可逆計算というのがポイントだったのか。「可逆な計算 (情報を消去しない計算) は発熱しない」というのがまだピンときてないけど。
  • 「この世界は古典力学ではなく量子力学で支配されているのだから、それをシミュレーションするコンピュータも古典力学ではなく量子力学に基づくべき」という主張は説得力がある。古典コンピュータでの実世界シミュレーションに限界があるのも何だか納得してしまう。
  • 大学生の頃にこの本を読んでたら、量子情報科学の研究をしたくなってたかもしれない。所属していた学部にそれを扱う研究室はなかったけれど :p

第 4 章「量子情報と量子ビット」

  • 確率振幅とボルンの規則、量子ビット、エンタングルメント、局所性・実在性と EPR パラドックス、応用 (量子テレポーテーション、量子暗号)、量子ビット素子 (超伝導量子ビット、イオントラップ etc)、など。

第 5 章「量子コンピュータのからくり」

  • 量子ビットの重ね合わせと干渉、量子ビット列の表現、古典コンピュータによる量子ビットのエミュレーションの限界、量子力学から見た古典コンピュータ、万能演算 (アダマール、CNOT、位相回転演算)、並列性と確率増幅、ショアのアルゴリズム、など。
  • 本のタイトルにある「宇宙最強マシン」とは万能演算が可能な万能量子コンピュータのことらしい (p.85)

第 6 章「量子とノイズのせめぎ合い」

  • 古典計算機の誤り訂正の歴史、量子コヒーレンス (量子ビットが劣化せずに重ね合わさった状態) とデコヒーレンス (ランダムな古典ビットへと劣化した状態)、複製不可能定理、量子誤り訂正符号、しきい値定理、誤り耐性のある量子コンピュータ、など。

第 7 章「ブレイクスルー」

  • 量子ビットの相互接続による量子誤り訂正、トポロジカル秩序と量子誤り訂正、量子アニーリングとイジング問題、D-Wave 社、国・巨大 IT 企業・ベンチャーによる量子コンピュータ開発競争、など。
  • トポロジカル秩序を持った物質は量子の向きではなくトポロジーの違いで量子情報を記録するのでより安定していて、量子誤り訂正と数学的に等価らしい。ここでいう物質のトポロジーとはどういうものなのかよく分からなかった。
  • 量子アニーリングマシンは万能演算はできないので万能量子コンピュータではないが、現在の技術で多数の量子ビットを搭載した系として動かす上で最適解かもしれないらしい。

第 8 章「量子超越をめざして」

  • 量子超越、計算の複雑性、量子コンピュータと古典コンピュータ (スパコン) の争い、グーグルによる量子超越、量子コンピュータによる計算結果の検証可能性、など。
  • 量子超越のテストに素因数分解が使われないのは、実現可能な量子ビット数が計算スケーリングを比較するのに不十分だから、と。なるほど。
  • ところで量子超越性の実証には計算機の万能性は求められるのかな?現在の量子アニーリング方式では実証不可能?この記事を見ると量子アニーリング方式でもいずれ汎用計算ができる可能性があると書いてある。もしそうなったら量子アニーリング方式でも実証できうる?
  • p.122 の「現代の物理学は様々な種類の極限的な世界を探求している」から始まる数段落が良かった。「量子情報科学とは、情報や計算の複雑さという尺度で極限的に複雑な世界のフロンティアを探求する物理であると言える」

第 9 章「量子コンピュータはスパコンに勝てるのか?」

  • 多少のノイズを含む中規模な量子技術 (NISQ) の活用、量子古典ハイブリッドアルゴリズム、変分量子アルゴリズムと機械学習、量子コンピュータの今後、など。
  • NISQ だと誤り訂正ができずノイズによる演算の忠実度が次第に落ちていくので適当なステップで計算を打ち切る必要があるらしい。
  • p.146 の「量子コンピュータの種類と立ち位置」をまとめた図 28 が分かりやすい。

第 10 章「宇宙をハッキングする」

  • 量子コンピュータの利用に関する話。
  • 量子力学を使った量子コンピュータ自体が物理学の対象になりつつある。
  • 量子乱数生成の話が気になった。

感想

量子コンピュータの過去・現在・未来がコンパクトにまとまっており、概要を掴むのにとても役立ちました。量子コンピュータとその物理学にかける著者の熱量がよく伝わってきました。